味わいのあるセルフポートレート
プログラミングの授業でのこと。
私「試験は筆記なんですか?」
教授「はい」
私「パソコンでコンパイルしないと正確にプログラミングできてるか分からないじゃないですか」
教授「そうだけど、一回で正確に書くのも大切だから」
私「正確さは重要ですが、一発で正しく書き上げる能力は必ずしも必要ではないでしょう」
教授「多少のミスは気にしないで大丈夫だよ。
いや学生たちと話すと面白いねえ。昔は自分も学生だったのに今となっては君たちの考えが新鮮に見える」
こう書くと教授が私たち学生を馬鹿にしているように見えるがそうではなく、実際に学生とのコミュニケーションを楽しんでいるようだった。
私自身も教授とほとんど会話を交わしたことがなかったので貴重な体験だった。ああ、教授って会話するんだ、そんな当たり前のことを考えていた。教授はみな研究一筋の基地外だと思っていたがそうでもないらしい。もしかしたら彼らと話せば色々と知見が広がるかもしれない。実行に移すかはさておき。
授業後はパソコン室でプログラミングの課題を消化していた。描画ソフトで「味わいのある、怒っているセルフポートレート(自画像)」を作りlatexでpdfにしろとのことだった。何が「味わいのある」だ。いい加減にしろ。
試作品
怒っている、というよりは暴れているだけかもしれない。
遊戯王のモンスターカード「怒れる類人猿」を強く意識している。
しかし余りにも動的すぎてポートレートには不適切と思われたため不採用となった。実際に提出される予定のものは以下。
味わいがあるかは置いておくとして、むっとしているのは伝わると思う。
課題を片付けてから大学を出た。Nの家があるらしいあたりを回って駅へ向かった。もしかしたら遭遇するかもしれないと思ったからだ。異常な行動をしているのは自分でも分かる。だが傍から見れば遠回りして駅へ歩いているだけであるし、彼女と遭遇しなければ本当にそれ以上の意味はない。許される範囲ではなかろうか。暫くこれは続けるだろう。