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魂に響かない

何故私の文章は人の心に響かないのか。

 

誰かに読んでもらったわけではない。しかし確信できる。私の書き物は他の方のそれとは比較にならないほど劣っていて、どうしようもない駄文であることだけは。何故その様な表現を使えるのか。何故その一節からは強烈な感情が溢れているのか。どうしてそんなにも瑞々しいのか。分からない。私の書いたものは、ただただ枯れている。

 

誰かの人生を変えるためだとか、そんな大それたことを目論んでこのブログに記事を上げているわけではない。他者を考えずに好きにやる、それがこのブログの起源であったはずだ。どうせ見返すのは私ただ一人だ。単に事実の列挙でも十分なのだ。けれど、その濃い思いに満ちたものを見せつけられると、私には何故それがないのか考えずにはいられない。私も人に響くようなものを残したい。たまたま検索結果に表示されて迷い込んできた人が私の記事を読んで、何か化学反応が起こる。そんなことがあっても良いではないか。

 

私がNぁーさんやn対数さんのようなものを書けているとは思えない。悔しい。しかもおそらく彼らは私のように他者への妬みや羨みにまみれて書いているのではなく、自分の想いを好きに表しているだけなように感じる。自由にやっているだけの存在に対抗心を燃やすことほど虚しいことがあるだろうか。

 

才能の差だろうか。実際それもあるのかもしれない。しかし学術的な面において才能を言い訳にするのは私の最も嫌いな事である。だからこれで負けを認める気はない。彼らのように何か魂のこもったものをいつか完成させてみせる。

 

おわり

 

追記

自分の記事を読み返したら魂の叫びがないことはなかった。

「欲望にまみれた自己を改善または正当化する何かがほしい」我ながら割とぐっと来た。

自画自賛するのも恥ずかしいがメモとして残しておく。