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表現

でももう君は飛び立った後だった
戻ってこれない燃料を詰めて

これは作だーまえ歌やなぎなぎ「君のairplane」の一節である。
今ここでこの曲の批評を行う気はない。私が主張したいのは「戻ってこれない燃料を詰めて」という表現の違和感及び美しさである。

「戻ってこれない燃料」とは行きの分だけの燃料、片道分だけの燃料、戻ってくるには不足がある量の燃料を意味することはすんなりと理解できるだろう。しかしこの表現、よく考えるとおかしくはないだろうか。これでは量などとは関係なく性能的に帰還することができないようにも感じられる。つまり燃料の量ではなく種類を指定するように見えるということである。
ゆえにこの表現は不足であり、違和感があるのである。
だが実際にはさらっと耳にしただけであれば正しい意味を読み取ることは容易である。深読みしなければこんな違和感など生じないのである。むしろ洗練された美しさすら感じる。
私が考えるもっとも適切な表現は、

戻ってこれない分の燃料を詰めて

である。「戻ってこれない」とは量に関するものであると指示する「分の」を挿入した。
しかしこれと元の文

戻ってこれない燃料を詰めて

と比較するとどちらが美しいだろうか。
私は後者であると考える。後者は若干意味のブレを生じさせるが、それを障害にしない程度には十分な言葉が詰まっている。必要ギリギリ、もはや削るところのないぐらいの文字数ではっきりと含意を表現している。美しくないわけがない。
私は常々自分の書く文の冗長さに気付きつつ直せずにいた。だからここまで洗練された表現を作れることに羨ましさしか感じない。

綺麗な文を書きたい。意識して練習してみよう。