人生どうでも飯田橋

サークルの先輩が人生楽しそうで羨ましい。

何故人生を楽しみ切れないのか。
恐らく最大の要因は楽しむことへの罪悪感だ。まだ他にやらなければならないことが山積みの私が何かを楽しむ権利があるのだろうか。と自責してしまう。具体的には純粋数学とアクチュアリー試験の対策である。これらを順調にこなせていないと心から何事かを楽しむことができないのだ。

もう一つの大きな要因はサークルをサボってしまっていることである。去年の四月に陸上サークルに入り、前期までは比較的真面目に練習に参加していた。しかし後期からはサボりがちになり今年から全く足を運ばなくなってしまった。この事実が直接に私の心を苛むのではない。陸上を始めたことが旧友に知れていること、そして辞めたことを言い出せずにいることが負担になっているのである。辞めたことを知られて失望されるのが怖い。やっぱりお前はクズだな。などと評価されるのが辛い。だからそう思われないよう陸上を再開しなければならない。しかしやる気が起きない。四月病のあの日に犯した一度の過ちが延々と私を縛り付け続ける。

最後は趣味が定まらないことである。
元々の私の趣味はポケモン対戦とえrgである。しかしえrgは名作と評される作品の良さが理解できない(特に素晴らしき日々Cross†channel)ことが非常に多く、自分の感性を疑い続けることにしか繋がらない。他方ポケモンは勝てば官軍、勝者が全てを手に入れるという点において感性価値観その他諸々の精神作用を全く気にすることなく楽しむことができる。それに相手を倒せば私が最も欲している承認欲求を満たすことができる。最高である。しかしポケモンは非常に時間がかかる。構築作成孵化厳選育成。しんどい。これをこなそうとすると時間が幾らあっても足りない。
上記の理由により現状私が手を出せる趣味がないことになる。生活の中に楽しみなんてない。ただ無味乾燥な時間が広がるだけである。

どうすれば先輩のように人生を楽しめるだろうか。やることをしっかりやって思い切り遊ぶ他ないのだろうか。しかしそれをやり通す自信も気力もない。そしてそんなダメな自分を受け入れることもできない。
現状のまま大学生活を終わらせるのが最も不味い。避ける方法を模索していきたい。最寄りに着いたのでこれで終わり。